東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9557号
原告
木村重成
右訴訟代理人弁護士
久保田康史
同
萩原健二
被告
光洋電子工業株式会社
右代表者代表取締役
池田厳
右訴訟代理人弁護士
浅岡省吾
右当事者間の雇用関係存在確認請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
一 原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は、原告に対し、金四五万四六一六円及びこれに対する昭和五三年五月一五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、金一三五万五五八六円及びこれに対する昭和五三年五月一五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 右第2項につき仮執行の宣言。
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 被告は、電気機器、電子機器、医療用具及びそれらの部分品の製造、販売を業とする株式会社であるところ、原告は、昭和四四年四月一日、被告との間に期間の定めのない雇用契約を締結して、その従業員としての地位を取得し、以来被告会社総務部経理課及び同部勤労課の業務に従事してきた。
2 しかるに、被告は、昭和四五年三月九日付で原告を懲戒解雇したと主張して、その翌日以降、原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを否認するとともに、原告の就労を拒絶している。
3(一) ところで、原告が昭和四五年三月一〇日以降も被告に対して雇用契約上の権利を有するとすれば、被告は、原告に対し、右同日から少なくとも昭和五三年三月三一日に至るまでの間の労働の対償たる賃金として、次の各金員を支払うべき義務がある。
(1) 基本給合計金七七九万三三六七円
(2) 精勤手当合計金六万七二〇〇円
(3) 結婚祝金八〇〇〇円
但し、原告は、昭和四七年一〇月に結婚した。
(4) 出産祝金合計金六〇〇〇円
但し、原告の妻は、昭和四八年一二月及び同五一年一月にそれぞれ一子を出産した。
(5) 家族手当合計金二四万七四〇〇円
(6) 住宅手当(特地手当)合計金二八万八〇〇〇円
(7) 福利厚生費合計金一六万円
被告は、従業員の福利厚生費として、年間一人当り金二万円を支払っている。そこで、昭和四五年四月から同五三年三月までの間に被告が原告に支払うべき福利厚生費の金額を合計すると、金一六万円となる。
(8) 残業手当合計金五一万一〇二〇円
被告は、各従業員に対し、毎月平均一〇時間の残業を命じている。ところで、昭和四五年四月以降の原告の基本給月額は別紙残業手当明細表(略)の基本給月額欄記載のとおりであり、被告会社における一か月の平均労働日数は二五日であり、一日の実働時間数は七・五時間であり、残業手当の基本給に対する割増率は二割五分であるから、昭和四五年四月一日から同五三年三月三一日までの間に被告が原告に支払うべき残業手当の金額を合計すると、金五一万一〇二〇円となる。なお、その間における期間別手当額の明細は、別紙残業手当明細表の残業手当額欄記載のとおりである。
(9) 夏季及び冬季の一時金(賞与)合計金三〇三万〇六〇三円
(10) 通勤手当合計金二二万九九五〇円
被告は、各従業員に対し、通勤手当を支払っている。そして、昭和四五年四月から同五三年三月までの間に被告が原告に支払うべき通勤手当額の明細は、別紙通勤手当明細表記載のとおりであって、これを合計すると、金二二万九九五〇円となる。
(二) そして、以上の各金員の支払期限は、いずれも昭和五三年五月一四日以前に到来している。
(三) なお、原告が昭和四八年に地位保全等を求める仮処分申請事件で勝訴の確定判決を得たことなどに伴い、被告は、本件の第一審口頭弁論の終結時である昭和五三年六月一九日までに、原告に対し、以上の各金員のうち(1)基本給、(5)家族手当及び(6)住宅手当(特地手当)の各全額並びに(9)一時金(賞与)の内金二六五万七一八七円を支払った。
4 よって、原告は、原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、被告に対し、前記3の(一)の各金員から被告の既払金を控除した未払残金合計金一三五万五五八六円及びこれに対するその支払期限の経過後である昭和五三年五月一五日から支払いずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2に記載の各事実は認める。
2 請求原因3の(一)に記載の事実のうち、原告が昭和四五年三月一〇日以降も被告に対して雇用契約上の権利を有するとすれば、原告主張の期間の労働の対償たる賃金として、被告が原告に対し原告主張の(1)ないし(6)及び(9)の各金員を支払う義務のあることは認めるが、その余は争う。
被告会社における福利厚生経費は、従業員の労働の対償たる賃金ではないし、被告が各従業員に個別に支払っているものでもない。
また、残業手当は、非定常的な勤務に対する手当であるから、現実に残業に従事していない従業員が当然にその支払いを請求しうるものではない。
更に、通勤手当は、現実に通勤してその費用を支出した従業員に対する実費支弁的な手当であるから、現実に通勤しなかった従業員にはその支払いを請求する権利はない。
3 請求原因3の(二)及び(三)に記載の各事実は認める。
三 被告の抗弁
1 被告会社の就業規則(以下、就業規則と略称する。)第一〇章第三条は、「従業員が次の各号の一つに該当するときは懲戒解雇とする。但し情状により諭示(ママ)退職、降転職にすることがある。」と規定したうえ、その第一三号には「正当な理由なくたびたび上長の指示命令又は責任者の通達指示に従わなかった者」との、第二一号には「言論又は文書によって詭計をなし、又は敢えて上長又は同僚の名誉を傷つけるような発表によって従業員の正当な判断を惑わし、職場の秩序を紊した者又は紊そうとした者」との、第二二号には「濫りに職場放棄をする等業務の正常な運営を阻害し又は他人をして前号の行為をなさしめるよう教え若しくは煽動した者」との、第二四号には「前各号に準ずる行為があった者」との各懲戒解雇事由を規定している。
2(一) 原告は、昭和四四年一一月一七日、同月一九日及び同月二一日の三回にわたり、東京都小平市天神町にある被告会社の施設及びその敷地内(以下、この両者を合せて被告会社の構内と略称する。)において、被告会社の従業員に対し、原告の作成にかかる多数のビラを配布した。
ところで、当時は、都内で国際反戦デー事件や佐藤訪米阻止闘争事件等の過激な暴力的デモ事件が頻発し、世情騒然たる状況にあり、被告会社に関しても、その従業員である訴外葛城征志及び同中山章司の両名が佐藤訪米阻止闘争事件に参加して逮捕、勾留され、被告会社の業務にも多大の支障を来すという事件が発生した。しかも、当時の情勢としては、このような違法かつ過激な事件の反覆、拡大が強く危惧され、その被告会社の従業員に対する影響が懸念されていた。しかるに、右ビラの記載内容は、いずれも、右のような違法かつ過激な行動を積極的に謳歌し、被告会社の従業員に対しそのような行動への参加を強く呼びかけるとともに、これに反対する被告会社及びその一部の従業員を激しく誹謗し中傷するものであった。
(二) 原告は、昭和四五年三月七日にも、被告会社の構内において、被告会社及びその一部の従業員を誹謗し中傷する記載内容のビラを配布した。
(三) なお、被告会社においては、その許可を得ずに、構内において印刷物等を配布することを禁止していたにもかかわらず、原告は、被告会社の許可を得ないで、右各ビラを配布したものであり、しかも、その都度なされた被告会社の注意や制止をも無視して、これを配布したものである。
(四) 以上の原告の行為は、就業規則第一〇章第三条第二一号、第二四号所定の懲戒解雇事由に該当する。
3(一) 原告は、昭和四四年一〇月一六日、被告から残業を行なうよう命じられたにもかかわらず、これに従わず、また、昭和四五年に入ってからは、被告から再三残業を行なうよう命じられながら、殆どこれに従わなかった。
(二) 原告は、昭和四四年一〇月二一日には、被告に無断で欠勤した。
(三) 原告は、昭和四四年一一月一六日、原告と同じく総務部経理課に勤務する前記の葛城征志及び中山章司の両名を誘って佐藤訪米阻止闘争事件に参加させたが、その結果、右両名は、同日、逮捕され、更に、中山は同月二一日まで、葛城は翌一二月八日までそれぞれ勾留されて、被告会社を欠勤し、会社の業務に多大の支障を生ぜしめるとともに、会社の名誉にも影響を及ぼす事態を惹起せしめた。
(四) 更に、原告は、昭和四四年一一月一七日、被告に無断で終日職場を放棄し、被告から注意されるも、これに従わなかった。
(五) 以上の原告の行為ないし態度は、就業規則第一〇章第三条第一三号、第二二号、第二四号所定の懲戒解雇事由に該当する。
4 そこで、被告は、以上の諸事由を勘案し、原告を雇用しておくことは、被告会社の規律、秩序の保持上不適当であると判断して、昭和四五年三月九日、原告に対し、同日付で懲戒解雇する旨の意思表示(以下、この意思表示を本件懲戒解雇の意思表示と略称する。)をした。従って、原告は、この意思表示により、被告に対して雇用契約上の権利を有する地位を失なったものである。
四 抗弁に対する原告の認否
1 抗弁1に記載の事実は認める。
2(一) 抗弁2の(一)に記載の事実のうち、原告が被告主張の日に被告会社の従業員に対し原告の作成にかかるビラを配布したこと、被告会社の従業員である訴外葛城征志及び同中山章司が佐藤訪米阻止闘争事件に参加して逮捕、勾留されたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
原告がビラを配布した場所は、いずれも、被告会社の構外であって、その構内ではない。また、ビラの記載内容は、いずれも、職場の仲間が昭和四四年一一月一六日の佐藤訪米阻止闘争事件に参加して不当に逮捕されたことについて、救援活動を起すよう求めるとともに、右阻止闘争の正当性等を主張したものであって、憲法第二一条の保障する言論、表現の自由の範囲内のものにすぎない。更に、被告は、原告らの正当な行動を非難するとともに、逮捕、勾留された従業員両名に対して退職を強要したものであり、被告会社の従業員で組織している訴外新産別全国機械金属労働組合光洋電子支部(以下、組合と略称する。)の執行部も、被告に同調して、原告の行動を抑圧し妨害しようとしたものであるから、原告がビラの中で被告及び組合執行部の態度を批判したのは、極めて当然のことである。
(二) 抗弁2の(二)に記載の事実のうち、原告が被告主張の日にビラを配布したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
当時の組合執行部は、原告からその態度を批判されるも、「おれは将来資本家や会社の幹部になるかもしれない。」、「原告の主張することは、理論ではわかっても、やりたくない。」などと弁解して、被告に追随し、また、組合運動に最も活動的な原告を組合から排除することのみに関心を払い、春闘にも満足に取り組まなかったのである。従って、原告がビラに記載した内容はすべて事実であるとともに、原告がビラの配布によって組合執行部を批判したことは、組合規約第六条によって各組合員に認められた役員批判の権利の行使にすぎない。仮に、ビラの記載内容の一部に、事実に反したり、組合執行部の名誉を傷つけたりするような部分があったとしても、それについては、組合内部における統制処分が問題になるにすぎず、就業規則による懲戒処分が問題になる余地は全くないのである。
(三) 抗弁2の(三)に記載の事実のうち、原告が被告会社の許可を得ないでビラを配布したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
就業規則第一〇章第四条第九号は、被告会社の許可を得ずになされたビラの配布行為等を減給または出勤停止の処分事由とすることを定めているが、この許可を求める手続については、全く規定していないのみならず、従来組合や被告会社内の親睦団体が行なったビラの配布について被告の許可を得た例はないし、その許可を得なかったことを理由に右規則に定める懲戒処分がなされた例もない。
(四) 抗弁2の(四)に記載の主張は争う。
3(一) 抗弁3の(一)に記載の事実のうち、原告が昭和四四年一〇月一六日に被告の残業命令に従わなかったことは認めるが、その余の事実は争う。
原告は、昭和四五年一月及び二月には、各月四〇時間程度の残業を行なっているし、上司から命じられた業務は、徹夜をしてでも所定の期日までに必らず完了していた。
(二) 抗弁3の(二)に記載の事実は認める。
(三) 抗弁3の(三)に記載の事実のうち、原告が昭和四四年一一月一六日に総務部経理課勤務の訴外葛城征志及び同中山章司と共に佐藤訪米阻止闘争に参加したこと、右両名が同日逮捕され、それぞれ被告主張の日まで勾留されたこと、その間右両名が被告会社を欠勤したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
右両名はデモに参加すべく国鉄東京駅で待機中に不当に逮捕され勾留されたものであるから、右両名の欠勤は同人らの責に帰すべき理由によるものではない。また、右両名はいずれもその自発的意思に基づいて右闘争に参加したものであるから、仮に右両名の欠勤について同人らに何らかの責任があるとしても、原告には何らの責任もない。なお、右両名が逮捕、勾留されたのち、原告は、経理課の事務処理について全力を尽しており、会社の業務に支障を生ぜしめた事実はない。
(四) 抗弁3の(四)に記載の事実は争う。
原告は、昭和四四年一一月一七日には、逮捕された右両名について弁護士に相談するため、早退届を出して早退したにすぎない。
(五) 抗弁3の(五)に記載の主張は争う。
4 抗弁4に記載の事実のうち、被告がその主張の日に原告に対し被告主張のとおりの意思表示をしたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
五 原告の再抗弁
1 本件懲戒解雇の意思表示は、次に述べるような経緯でなされたものであるから、不当労働行為というべきであって、無効である。
(一) 原告は、昭和四四年四月被告会社の従業員となって間もなく、組合に加入して、その組合員となった。
(二) 原告は、昭和四四年八月から九月まで総務部勤労課の業務に従事し、被告会社の退職金規定の原案の作成を命じられた際、退職金は賃金の後払いと老後の生活保障の性格を有するものであるとの見解に立ち、かつ、被告会社の親会社である訴外光洋精工株式会社の退職金規定や、当時の社会的水準をも考慮して、右原案を作成した。なお、右の当時組合からなされた退職金規定に関する提案は、右光洋精工株式会社の退職金規定や原告作成の原案と比較してはるかに水準の低いものであったばかりでなく、組合員による大衆討議にもかけられていないものであった。
ところが、被告は、退職金規定案作成中の原告の態度や考え方を見て、原告を危険人物視し、原告の同僚や寮の管理人に依頼して原告の行動を監視するようになった。
(三) また、原告は、昭和四四年九月ごろから、組合活動に積極的に参画し、同年一〇月一九日に施行された組合役員の選挙には、組合の自立、文化活動の充実、反安保活動の三つのスローガンを掲げて、立候補した。
ところが、被告は、被告会社の横谷常務取締役及び田中総務部次長を通じて、原告に対し、右の立候補を辞退するように求めるとともに、原告の推薦人であった訴外小谷には、その推薦を取り消すように求め、また、原告の支援者であった訴外葛城征志及び同中山章司に対しては、「原告はアカだ。原告とは付き合うな。選挙の支援をするな。」などと言って、支援の取止めを説得した。更に、被告は、原告の対立候補として訴外今村の立候補を画策するとともに、職場では、課長や班長を通じて、組合員に対し原告に投票しないよう指示した。
しかし、原告は、被告の右のような妨害工作にもかかわらず、右の選挙で執行委員に当選した。
(四) ところで、被告は、前記の佐藤訪米阻止闘争事件で訴外葛城征志及び同中山章司の両名が逮捕されたのちに原告が組合の執行部の態度を批判したのを奇貨として、組合をも介して原告を被告会社から排除しようと考え、本件懲戒解雇の意思表示の直後に、組合の執行部に対し、原告を組合から除名するよう指示した。そして、この指示を受けた組合執行部は、右解雇の意思表示の翌日である昭和四五年三月一〇日に、突如組合員大会を開催し、原告に弁明の機会をも与えないまま、原告を組合から除名する旨の決議を強行した。なお、右組合員大会では、右除名決議のあとで、被告会社の横谷常務取締役が登壇し、右除名決議に感謝するとともに、これを支持する旨の演説を行なった。
(五) 以上に述べた経緯から明らかなように、本件懲戒解雇の意思表示は、被告が原告の行なう組合活動を嫌忌するとともに、組合の弱体化を図ろうとして、原告を被告会社及び組合から排除する目的でなされたものであって、不当労働行為に該当する。
2 更に、本件懲戒解雇の意思表示は、懲戒権を濫用してなされたものであるから、無効である。
六 再抗弁に対する被告の認否
1(一) 再抗弁1の冒頭に記載の主張は争う。
(二) 再抗弁1の(一)に記載の事実は認める。
(三) 再抗弁1の(二)に記載の事実のうち、原告が昭和四四年八月七日から九月一八日までの間総務部勤労課の業務に従事し、被告会社の退職金規定案の作成に関与したこと、その当時組合からも退職金規定に関する提案があったことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
被告は、原告に対し、訴外光洋精工株式会社の退職金規定及び組合からの提案を手渡したうえ、被告会社の退職金規定案の作成を命じたものである。なお、被告が当時原告を危険人物視していたとすれば、被告がその後原告に対し被告会社の経理全般を担当する経理課の業務を担当させる訳はない。
(四) 再抗弁1の(三)に記載の事実のうち、原告が昭和四四年九月ごろから組合活動に積極的に参画したこと、原告が同年一〇月一九日施行の組合役員選挙にその主張のとおりのスローガンを掲げて立候補し、執行委員に当選したことは認めるが、その余の事実は争う。
訴外今村は、前年の昭和四三年一〇月から組合の執行委員であり、昭和四四年一〇月の選挙にも、引き続き立候補したものにすぎない。
(五) 再抗弁1の(四)に記載の事実のうち、訴外葛城征志及び同中山章司の両名が佐藤訪米阻止闘争事件で逮捕されたこと、組合が本件懲戒解雇の意思表示の翌日である昭和四五年三月一〇日に組合員大会を開催して原告を組合から除名する旨の決議をしたことは認めるが、その余の事実は争う。
(六) 再抗弁1の(五)に記載の主張は争う。
2 再抗弁2に記載の主張は争う。なお、この主張は、時機におくれて提出された主張である。
第三証拠関係(略)
理由
一 請求原因1及び2に記載の各事実は、当事者間に争いがない。
二 ところで、被告は、抗弁として、原告を懲戒解雇したと主張するので、その主張の当否について判断する。
1 まず、被告会社の従業員の懲戒解雇に関し就業規則第一〇章第三条に抗弁1に記載のとおりの規定があること及び被告が昭和四五年三月九日原告に対して同日付で懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 そこで、原告に右の懲戒解雇規定に該当する事由があるか否かについて検討する。
(一) まず、企業内における懲戒処分は、企業内秩序を維持するために使用者が従業員に対して精神的、社会的ないし経済的な不利益を課する一種の制裁処分であるが、(証拠略)によれば、被告会社の就業規則による懲戒処分としては、譴責、減給、出勤停止、降職、諭示退職、懲戒解雇の六種類の処分が定められており、そのうちの懲戒解雇は、「予告期間を設けず即時解雇する」ものであって、従業員に対して最も重大な不利益を課する処分であること(就業規則第一〇章第一条参照。)、これらの懲戒処分の処分事由は、それぞれ明文で列挙されていること(同章第三条、第四条参照。)、なお、右の懲戒処分よりも一段軽い処分として、訓戒という処分もあること(同章第五条参照。)が認められる。従って、右のように従業員に対して最も重大な不利益を課する懲戒解雇の根拠規定である就業規則第一〇章第三条の規定は、これを厳格に解する必要があるのであって、その第二四号にいう「前各号に準ずる行為」も、単にその違法性ないし反価値性において「前各号」に列挙された行為に類似する行為であるというだけでは足りず、その行為の類型においても「前各号」に列挙された行為に類似する行為であることを要するものと解すべきである。更に、懲戒解雇は右のように従業員に対して最も重大な不利益を課する処分であることに鑑み、使用者がその処分を課するためには、単に形式的に見て従業員につき右第三条各号に列挙された行為が認められるというだけでは足りず、その行為の態様、情状等を実質的に判断して、その従業員を「予告期間を設けず即時解雇する」のでなければ企業内秩序を維持することが困難であると認められる程度に違法性ないし反価値性の甚だしい行為が存することを要するものと解すべきである(なお、そのような趣旨から、右第三条の但書にも、「情状により諭示退職、降転職にすることがある。」と明記しているものというべきである。)。
(二) そこで、原告によるビラの配布の点について検討するに、原告が被告主張の日に被告会社の従業員に対し原告の作成にかかるビラを配布したこと、被告会社の従業員である訴外葛城征志及び同中山章司の両名が佐藤訪米阻止闘争事件に参加して逮捕、勾留されたことは、当事者間に争いがない。そして、(証拠略)によれば、原告は、昼休み時間や出退勤時間等を利用して、小平市天神町所在の被告会社の構内にある従業員食堂の前や正門の付近等で、右のビラを従業員に配布したものであって、その配布の経緯とビラの記載内容は、おおよそ次のとおりであったことが認められる。
(1) 昭和四四年一一月一七日におけるビラの配布
原告は、昭和四四年一一月一六日、前記の葛城征志及び中山章司の両名と共に佐藤訪米阻止闘争のデモに参加したところ、右両名がその他の多数の参加者と共に国鉄東京駅で逮捕されるという事件が発生した。そこで、原告は、その翌日である同月一七日、次のような記載内容のビラを作成して、これを従業員に配布した。
そのビラは、「職場の闘う仲間が昨日の佐藤訪米阻止闘争で逮捕さる」、「官憲の不当弾圧に抗議しよう」という見出しのもとに、前日の佐藤訪米阻止闘争の際に、これに参加した被告会社の従業員二名を含む多数の労働者、学生等が逮捕されたことや、佐藤訪米阻止闘争の意義、右参加者が逮捕された際の状況等を記載するとともに、「捕われた仲間に救援のカンパをお願いします」などということを記載したものであった。なお、ビラの作成名義としては、「光洋電子反戦行動委員会」と記載していた。
(2) 同月一九日におけるビラの配布
原告が同月一七日に前記のようなビラを従業員に配布したところ、被告は、原告に対し、無許可でこのようなビラをまいてもらっては困ると注意するとともに、従業員に対し、原告らの反戦活動に惑わされないで仕事をしてほしい旨公示した。また、原告の加入している組合の執行部も、原告の行動は組合の統一を乱すものであるとしてこれを非難するとともに、原告によるビラの作成には組合の印刷機を使用させないと通告した。そこで、原告は、同月一九日、次のような記載内容のビラを作成して、配布した。
そのビラは、「政府、官憲の不当弾圧に抗議し、さらに、会社、組合一体となった妨害策動に反対しよう」という見出しのもとに、被告と組合は不当に逮捕されたことがはっきりしている者の抗弁の自由やこれを支援する自由を奪おうとしているなどと記載して、被告及び組合を非難するとともに、「会社側は二人の仲間に対し一切処分するな」、「組合執行委は組合員の思想、表現の自由を認めよ」という主張をも記載したものであった。
(3) 同月二一日におけるビラの配布
組合は、原告の佐藤訪米阻止闘争に関する行動、特に右の(1)及び(2)のビラの配布は組合を混乱させ組合の統制を乱すものであるなどという理由で、同月二一日に臨時組合員大会を開催して、当時執行委員であった原告を処分し、執行委員を解任した。ところで、原告は、同日組合執行部が右のような臨時組合員大会を開催しようとしていることを知るや、その開催に先立ち、次のような記載内容のビラを作成して、これを従業員に配布した。
そのビラは、「今こそ労働組合の真の活動を追求しよう」という見出しのもとに、組合執行部の主流は、本日、臨時組合員大会を開いて、前記のような活動を行なった原告を処分し、執行委員を辞任させようとしていると訴えるとともに、このような組合執行部主流の態度こそ、組合運動と政治運動とを混同し、思想、表現の自由を抑圧するものであるなどと、組合執行部主流の態度を強く非難し攻撃するものであった。そして、その中には、「今の執行部主流は発足以来極めてノロノロとしたやる気のない活動しかしてきていないのであって、最も活動的な者を逆にその故に追い出しにやっきとなっているのだ。俺は将来資本家に、幹部になるかもしれないとか、理論では分ってもやりたくない(出世できないから)とか、遊び方だけに熱をあげたり、何やって良いか分らずウロウロしたり、全体としてやはり、第二勤労課、第二出世コースをのぼるのにうつつをぬかしている。」などという記載もあった。
(4) 昭和四五年三月七日におけるビラの配布
前記の臨時組合員大会において原告が執行委員を解任された結果欠員となった執行委員の補充選挙が昭和四五年二月に行なわれた。そこで、原告は、組合の選挙管理委員会に対し、その立候補の届出をしたところ、同委員会は、執行委員を解任された者がその補充選挙に立候補するのはおかしいとして、右届出を却下した。原告は、このような組合の態度に反撃するため、次のような記載内容のビラを作成し、同年三月七日、これを従業員に配布した。
そのビラは、「労働者」創刊号という標題のもとに、まず、「執行部の反対派(組合自立派)抑圧に抗議する」と記載したうえ、前記の執行委員の補充選挙において「現執行部(会社ベッタリ派)」が「反対派(自立的組合運動推進派)」の立候補を却下したのは、「現執行部の姿勢そのものが会社ベッタリであるからに他なりません。もっと言うならば彼ら執行部は自分達の出世の道具として組合を私物化し利用しているのではないでしょうか。」などと述べ、原告らがこのような抗議をするのは、「第一に、執行部は立候補却下に対し出した抗議文を今に至っても無視しているからであり、第二に、春闘を闘い抜く中での労働条件の大幅改革は今の様な執行部体制では望むのは無理だからです。」などと記載し、当時の組合執行部の姿勢や行動を激しく非難し攻撃するものであった。そして、そのビラは、更に、「執行部の労働者の利益に逆行し、それに反対するものを『統制』としてしばることに断固反対し春闘に全国の闘う仲間と連帯して起ち上ろう。光洋電子の前近代的封建的労働条件と企業体質を打ち破るのは下層の我々しかない。闘う団結を今すぐ造りあげよう。」などと述べ、末尾には、「次回は執行部の春闘姿勢を更に批判します。又、このビラに対する批判は歓迎します。このビラが皆さんの心に何かをもたらすことができれば幸いです。」と記載していた。なお、ビラの作成名義は、「『労働者』発行委員会責任者木村重成」となっていた。
ところで、当時都内その他で国際反戦デー事件や佐藤訪米阻止闘争事件等の過激な事件が頻発し、世情騒然たる状況にあったことは、公知の事実であり、また、被告会社に関しても、その従業員である訴外葛城征志及び同中山章司が原告と共に佐藤訪米阻止闘争事件に参加して、逮捕、勾留されるという事件の発生したことは、前記のとおり、当事者間に争いがない。そこで、当時被告が、右のような過激な事件の反覆、拡大を危惧するとともに、そのような事件やこれに関する原告らの言動が被告会社の他の従業員に及ぼす影響を懸念していたとしても、それはまことに無理からぬことであったといわなければならない。
しかしながら、右のような事情を考慮して判断したとしても、原告による前記の(1)ないし(4)のビラの配布の事実のみをもって、直ちに、原告が「言論又は文書によって詭計(他人をだますはかりごと)をなし」たとか、「敢えて上長又は同僚の名誉を傷つけるような発表によって従業員の正当な判断を惑わし」たとか、更にこれらに「準ずる行為」をなしたと解することは困難である。確かに、右各ビラの記載内容の一部には、不穏当と認められる表現や事実を誇張したと認められる表現もないわけではないが、そのような表現のあるビラを従業員に配布したとしても、それだけで、「言論又は文書によって詭計をなし」たとか、それに「準ずる行為」をなしたということはできない。また、右の(3)及び(4)のビラの記載中の組合執行部主流の態度及び言動を非難し攻撃する部分には、組合員による組合執行部批判の正当な範囲を逸脱していると認められる表現や、場合によっては(特に組合執行部主流の言動に関する事実摘示が真実でない場合には)組合執行部主流の「名誉を傷つけるような」表現もないわけではない。しかし、組合員による組合執行部批判の言論の当否は、組合内部における統制処分の対象としては取り上げることの可能な問題であっても、第三者たる使用者の関与すべき問題ではないというべきであり、従って、右のような記載内容のビラの配布についても、労使間の規範にすぎない就業規則第一〇章第三条第二一号、第二四号の適用の有無を論じる余地はないものと解すべきである。けだし、もしこのような問題についてまで就業規則を適用して従業員を懲戒処分に付することができるとすれば、使用者である被告が組合員である従業員の執行部批判の言論の内容を口実にして組合の運営に支配介入することを許すという不当な結果を是認せざるをえないことになるからである。
なお、原告が被告会社の許可を得ないでビラを配布したことは、当事者間に争いがなく、また、その配布の場所が被告会社の構内にある従業員食堂の前や正門の付近等であったことは、前記認定のとおりである。しかしながら、(証拠略)によって認められる就業規則の規定に照らして考察すれば、原告が被告会社の許可を得ないでビラを配布したという点は、減給又は出勤停止(情状により譴責)の懲戒処分の事由になりうる余地はあるとしても(就業規則第一〇章第四条第九号参照。)、直ちに懲戒解雇の事由にまでなりうるものではないというべきである。
そうすると、原告によるビラの配布行為は、それがその他の何らかの懲戒処分事由に該当するか否かはともかく、被告の主張する就業規則第一〇章第三条第二一号、第二四号所定の懲戒解雇事由には該当しないものといわなければならない。
(三) 次に、原告の勤務態度等の点について検討するに、原告が昭和四四年一〇月一六日に被告の残業命令に従わなかったこと、原告が同月二一日に被告に無断で欠勤したこと、原告が同年一一月一六日に総務部経理課勤務の訴外葛城征志及び同中山章司と共に佐藤訪米阻止闘争に参加したこと、右両名が同日逮捕されたうえ、それぞれ被告主張の日まで勾留され、その間被告会社を欠勤したことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、(人証略)を総合すると、更に次の事実を認めることができる。
(1) 被告会社の従業員の中で昭和四四年一一月一六日の佐藤訪米阻止闘争のデモに参加したのは、原告と前記の両名であったが、右両名は、同日、国鉄東京駅のホームにおいてその他の多数の参加者と共に逮捕され、その後、勾留された。そして、右両名は、いずれも原告と一緒に総務部経理課の業務を担当していたものであり、葛城征志は、年令上も、職歴上も原告の先輩であった。
(2) 右両名が逮捕されるに至ったため、原告は、同月一七日、出勤後まず、上司である宇野係長に右両名が逮捕された事実を報告したうえ、午前中は、組合事務所その他で組合の執行委員長ら三役と右両名の救援問題について協議し、昼休み時間には、前記(1)のビラを作成、配布し、更に午後には、上司の田中総務部次長から業務に従事するよう注意されたにもかかわらず、右両名に対する善後策につき弁護士と相談するため、早退し、結局、同日は終日被告会社の業務に従事しなかった。
(3) 被告会社の決算期は毎年三月及び九月の各末日であって、通常その後の二か月間位が経理課の業務の多忙な時期に当たる。昭和四四年一一月の中旬は、同月二〇日の株主総会や同月末日の納税申告を控え、経理課の業務が特に多忙であった。このような時期に原告らについて前記のような事件が発生したため、経理課の残余の職員は、かなり忙しい目をしなければならなかった。しかし、経理課の業務に重大な支障が生じた事実はない。
(4) 逮捕、勾留された前記の両名は、釈放されたのちは被告会社での勤務には就かず、いずれも昭和四四年の年末までに任意退職した。被告は、原告に対しても任意退職するよう勧告したが、原告は、自己の非は認めたものの、退職しなければならない理由はないとして、その勧告に応じなかった。
以上の事実が認められる。
しかしながら、逮捕、勾留された前記両名の昭和四四年一一月一六日当日における行動内容の詳細や同人らの逮捕、勾留された理由を確認するに足りる証拠はないし、同人らの逮捕、勾留による欠勤について原告に何らかの責任があるかを明らかにすべき証拠もない。また、原告の無断欠勤、職場放棄等によって被告会社の業務の正常な運営が甚だしく阻害されたことを認めるに足りる証拠はない。更に、昭和四五年に入ってから原告が被告の残業命令に従わなかった事実を認めるべき証拠もない。のみならず、(人証拠)によれば、昭和四五年に入ってからは、原告は、他の従業員と同様に残業に従事しており、その勤務態度にも格別問題のなかったことが認められる。なお、本件懲戒解雇の意思表示の以前に原告が被告から懲戒解雇よりも軽い何らかの懲戒処分や訓戒を受けたことを認めるに足りる証拠はない。従って、本件懲戒解雇の意思表示以前における原告の勤務態度等についてその違法性ないし反価値性の問題になりうるものがあるとすれば、右に認定した残業命令の不服従、無断欠勤及び職場放棄の各一回と、前記のビラの無断配布があるにすぎない。
他方、(証拠略)によって認められる就業規則上の懲戒規定について見ると、「業務の怠慢により業務に重大な支障を起した者」(第一〇章第三条第六号)、「七日以上無届け欠勤をした者」(同条第一〇号)、「出勤不良又は出欠常ならず注意を受けても改めない者」(同条第一二号)、「数回懲戒訓戒を受けたにもかかわらず尚改悛の見込がない者」(同条第二三号)等は懲戒解雇(情状により諭示退職、降転職)の事由とされているのに対して、「数度の訓戒にも拘わらず改悛の情がない者」(同章第四条第一号)、「虚偽の届出をし会社を欠勤した者」(同条第三号)、「故意又は過失により会社の名誉を損い又は損害を与えた者」(同条第八号)、「労働時間中許可なく横臥若しくは睡眠し、又は無断で職場をはなれた者」(同条第一三号)、「所属長の正常な指示に服しない者」(同条第一五号)、「その他就業規則及びこれに準ずる諸規則に違反してその情が重い者」(同条第二一号)等は減給又は出勤停止(情状により譴責)の事由とされているにすぎないことが認められる。
以上を総合して考察すると、原告の勤務態度等について認められる前記の事由だけでは、これを形式的に見ても、また、その態様、情状等から実質的に判断しても、いまだ就業規則第一〇章第三条第一三号、第二二号、第二四号所定の懲戒解雇事由にまでは該当しないものというべきである。
なお、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、本件懲戒解雇の意思表示をした当時においては、被告自身も、原告解雇の事由としては、原告の勤務態度等は直接問題としておらず、原告によるビラの配布のみを問題としていたにすぎない(従って、本件懲戒解雇の意思表示も、前記(二)の(4)のビラの配布の直後に行なわれた。)ことが認められる。
3 以上に検討したところからすれば、本件懲戒解雇の意思表示はその効力を生じないものというべきであって、原告は、その意思表示後も、被告に対して雇用契約上の権利を有する地位を失わないものと解すべきである。
三 そこで更に、原告主張の賃金債権の存否について判断する。
1 まず、昭和四五年三月一〇日から同五三年三月三一日に至るまでの原告の賃金として、被告が原告に対し請求原因3の(一)に記載の各金員のうち、(1)基本給金七七九万三三六七円、(2)精勤手当金六万七二〇〇円、(3)結婚祝金八〇〇〇円、(4)出産祝金六〇〇〇円、(5)家族手当金二四万七四〇〇円、(6)住宅手当(特地手当)金二八万八〇〇〇円及び(9)一時金(賞与)金三〇三万〇六〇三円を支払う義務があること並びに本件の第一審口頭弁論の終結時である昭和五三年六月一九日までに、被告が原告に対し右各金員のうち(1)、(5)、(6)の各全額及び(9)の内金二六五万七一八七円を支払ったことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、次に、原、被告がその債権の存否について争っている請求原因3の(一)に記載の(7)福利厚生費、(8)残業手当及び(10)通勤手当について検討する。
(一) まず、福利厚生費について見るに、(証拠略)によれば、原告のいう福利厚生費とは、独身寮、社宅、食堂等の施設費、野球、将棋、美術等の各種サークル活動への援助費、文化祭、観劇会、運動会等の各種リクリエーションのための費用、企業内健康診断等のための費用などで、被告会社において負担、支出しているものを指していることが認められる。しかしながら、本件の全証拠によっても、これらの費用は被告がその従業員の労働の対償たる賃金として各従業員に対し直接かつ個別に支払っているものであるとは認めることができない。してみれば、これらの費用を従業員の労働の対償たる賃金として各従業員に対し直接かつ個別に支払うよう被告に請求することができるという原告の主張は、その理由がないといわなければならない。
(二) 次に、残業手当について見るに、残業手当の支払請求権は、その性質上、特約、慣行その他の特段の例外事情の存在しない限り、単に従業員が使用者との間に雇用契約を締結しているということだけから当然に発生する権利ではなく、更に使用者が従業員に対して現実に残業に従事することを命じ、従業員がこれに応じて残業に従事した場合にはじめて発生する権利であると解すべきである。しかるに、本件においては、特段の例外事情の存在はもとより、昭和四五年三月一〇日以降に被告が原告に対して現実に残業に従事することを命じた事実を認めるべき証拠はない。してみれば、昭和四五年三月一〇日以降の残業手当の支払いを被告に請求することができるという原告の主張は、その理由がないといわざるをえない。
(三) 最後に、通勤手当について見るに、この手当の性質について、原告は従業員の労働の対償たる賃金であると主張するのに対し、被告は、現実に通勤費用を支出した者のみに支払う実費支弁的な手当であるにすぎないとして、これを争っているところ、本件においては、右のいずれの主張が相当であるかを確定するに足りる証拠がない。そうだとすると、従業員の労働の対償たる賃金の一部として通勤手当をも支払うよう被告に請求することができるという原告の主張も、結局、その理由がないといわなければならない。
3 そうすると、本件の第一審口頭弁論の終結時である昭和五三年六月一九日現在においては、原告は、前記の(2)精勤手当金六万七二〇〇円、(3)結婚祝金八〇〇〇円、(4)出産祝金六〇〇〇円及び(9)一時金(賞与)の未払残金三七万三四一六円の合計金四五万四六一六円に限り、その支払いを被告に請求しうる権利を有するにとどまるものというべきである。
なお、右各金員の支払期限が昭和五三年五月一四日以前に到来していることは、当事者間に争いがない。
四 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、原告が被告に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、被告に対し、金四五万四六一六円及びこれに対するその支払期限の経過後である昭和五三年五月一五日から支払いずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では、その理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから、これを棄却すべきである。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。なお、主文第二項に関する仮執行の宣言はその必要がないものと認め、その宣言を求める申立は却下する。
(裁判官 奥村長生)